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e.新たな出会い!

専門学校は2年間のところが多いので直ぐに就職活動を始めるようです。折角知合った仲間とも離ればなれになり、就職先での新たな出会いが待っています。
振り返ってみると楽しい時代ですね!もう一度やりたいですね!
そんな後から思うと輝いている時代です。
悔いのない様に頑張りましょう。

私も希望に胸躍らされて就職先で希望の部署を聞かれたので答えました。
しかし配属先は違いましたね!
この会社の良かったところ?
希望を聞いても実は関連のある他部署に一旦配置をする事だったかもしれません!
私は設計と言ったのですが、現場に配属になり、現場を希望していた者は営業に配属に成りました。
しかし3ヶ月目位に適正に合わせて、又は希望を聞いて再度部署替えをするチャンスがあったのです。
しかし3ヶ月目位では覚えるのでいっぱいで希望を言える状態に無いのと、覚えたての面白さから配属替えを希望する者は居ませんでしたね!
ただこれが関連事業部の事を知る事で、お互いの問題点を知り互いの仕事がスムーズに行く様にする事で、仕事が速く成る事、綺麗に仕上がること、不満の少ない事と相手の仕事を知る事でお互いいい仕事が出来ることを自然と学ばせて頂きました。

ここで私が出会った現場監督の主任Sさん、すごい人でした。
当時はその話自体本当の事か嘘なのかは分からないままに、覚えて言ったのですが、それがすべて本当だったとは、後日段々と分かってくるのですが、当時は凄いだけでしたね。
ただ、すべてにおいて、本当はこうするべき所だが、今回はこう言う問題があるので、こう処理するように判断する、だから同じ事を決断する時には、その背景と問題点を確認してから決断を下す事!と言うのが口癖でした。


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テーマ:主婦の気まぐれ日記 - ジャンル:日記

2007.02.28 | Comments(0) | Trackback(0) | 日記

d.勉強が嫌い?出来ない?

高校生と言う大切な時期に両親に文句を言っておきながら、言葉とは裏腹に全く勉強もせず、遊んで下りました。
当然受験期に成り慌てたところでどうにも成りません。

高校入学の時に20番目位だった成績は、卒業の時には恥ずかしい話、後ろから20番目位に下がっていました。しかし卒業しなくてはなりません!そこで両親に頼み込み東京の建築の専門学校に行かせて貰う事に成りました。
ここでの出会いが私の人生に大きく係わった事は言うまでもありません。
専門学校には大学を終えて新たに勉強をしに〈出会いを求めて?)来ている方や、私の様に高校時代に遊び呆けた人や年齢も千差万別で同じクラスに居ます。
去年であれば先輩が同じ学年で勉強をする訳です。
当然やる気のある方と無い方グループが分かれます。
幸いにして今でもお付き合いをさせて頂いていますが、このやる気に満ちた人達との出会いが、建築業で食べていく事の切欠と成った訳です。

東京で一人暮らしでしたので、なるべく知り合いを増やす為に、サークルなる物に入りました。ここでは北海道から沖縄までの人に知合う事が出会いの楽しさと、大切さを痛感しましたね!

予断に成りますが、今私の上の子供が東京で一人暮らしをしています。どんな方々と知合って行くのか?心配でしたが、今お世話に成っている会社の社長様がとても根気強く指導して頂いたおかげで、現在もお世話に成っています。
私から見ても大変な娘を良くコントロールされているなと感服しています。
流石に会社を導く立場の方は、人の生かし方が重要ですが、良い方にめぐり会えたと思っています。
本人はどう思っているかは、分かりませんがね!

次回新たな出会い!です。

テーマ:ひとりごとのようなもの - ジャンル:日記

2007.02.28 | Comments(0) | Trackback(0) | 日記

c.不満だらけ!

増築をしたことで、何が改善されたのか?
当時この家に有ったお客様用の布団などの普段あまり使わない物をしまって置くスペースが出来た。私と妹の机や寝る場所が出来た、妹がピアノを習うとかでピアノを買ったのでそれを置いた!お客様が急に来ても泊まれるスペースが確保された!と当初両親が描いていた事は解決したのかも知れません!

逆に起きた弊害ですが、今迄あった2部屋と新たに造ったお客様の泊まれる部屋に光が殆ど入らない!特に以前からあった6畳間は電気が無いと新聞は読めない状態に成りました。
この問題については、私だけでなく両親も、祖母も問題にしていました。
太陽の光が入らないと言う事は冬は特に寒い部屋となり、光熱費がかかる事、ストーブが主流の時代、換気、結露と思いもしない問題が季節と共に、両親を悩ませたようです。

又、スペース確保に重点を置いた為、動線が無くなり部屋を通らないと次の部屋に行けない!
確かに叔父さんは年間10回位しか来ないので、そんなに不便は感じませんでしたが、結局泊まった時は、その部屋を通らないと、私の部屋には、行けない状態でしたので結局気を遣う人が変わっただけでしたね。

何故このような問題が予想されたのに?当時は予想出来なかったのかも知れません。

父は15才で父を亡くし、家族を守る事だけ考えながら生きて来た人間です。家を買うのも、増築するのも初めてで、今の様に情報もありません!
当然プロ〈プロだと思っていた人)の話を鵜呑みにしてしまう訳です。実は後日談ですが、元々の家は大変珍しい造りの家である事が分かりビックリしたのですが、重量ブロックで構造体を造った物でした。
ですから元々増築自体が難しいのに、増築を請け負ったのが、当時出始めのミサワホームでした。

当然営業マンも技術的には詳しく無かったそうです。しかも相手は重量ブロック造です。工夫のしようが無かった様です。
しかしあのパネル工法が、当時強くて暖かいイメージがあったのと、やはり周りの方が先にやり、紹介してもらったので、途中で止める訳にはいかない状態だったと聞かされました。

そんな事とは知らずに私が高校2年生くらいの時だったか、部屋の使い方で両親と揉めた事がありました。
その時捨て台詞言った事が、私を建築業界に踏み入れさせてしまいました。
この事は未だ良かったのか悪かったのかは分かりませんね!
昔の文集見たいな物を見ますと車に憧れていたようですが?

この両親とのやり取り後の変な意地が私の人生に大きく係わったことは紛れも無い事実です。

次回は勉強が嫌い?出来ない?です。











テーマ:ぶはっ!マジかよっ!!マジだよっ! - ジャンル:日記

2007.02.27 | Comments(0) | Trackback(0) | 日記

b.子供心に!

当時の住いは玄関の横にトイレ、洗面、お風呂、キッチン、反対側に6帖の洋間と6帖の和室、4.5帖の和室と言った間取りでした。

会社の分譲地と言う事もあり、同じくらいの世代が集ってましたので、母親の所によく遊びに?不満を聞いて貰いに?友人が来ていたのが思い出されます。

特に玄関先で1,2時間平気で立ち話をしていて、子供心に、トイレに行くのを気を使いましたので、家のトイレはあまり好きではありませんでした。元々当時のトイレは、水洗では有りませんので、臭いの問題だけ考えても、今の快適なトイレ空間からは創造ができないスペースだったので好きな方は少ないと思いますがね!

増築の話で実はトイレや水周りも直すのかなと、期待していたのですが、あくまでも私たちの部屋と、お客様の泊まる部屋の確保だった様です。当時叔父さんが東京から来て泊まっていく度に、今で言う居間に当たる部分に、布団を敷き寝て頂いていましたので、次の日の朝はお互い大変な思いで用意をしていたと記憶しています。ですからお泊りスペースの確保は急務だったのでしょう。

田舎でも分譲地だったので土地が狭かった事、不便なところだったので車が必需品と考えられたので、駐車スペースの確保が、難問だったと思います。当時父親が大切にしていて小さな庭も潰し、敷地いっぱいに、増築をする事で決断をしたようです。

後日に分かった事ですが、子供心に友人宅の様に2階建てにすれば、もっと使い易かったのでは?と聞いたとき、回りの方との協定見たいのがあり、その分譲地内での2階建ては出来ない事に成っていたようです。

この増築以来、自分の部屋が出来た喜びよりも、不満が先に出ていた事を記憶しています。

次回不満だらけ?をお楽しみに!

テーマ:本当の事教えます - ジャンル:日記

2007.02.26 | Comments(0) | Trackback(0) | 日記

a.はじめまして

はじめまして、bakuro8と申します。

今まで生きて来た人生を振り返って見ようと思い、このblogを始める事にしました。

とは言っても、私のつまらない人生話を聞いても何の役にも立ちません。

そこで私の携わった建築業界の話を回想日誌でご紹介していきたいと思います。

これから住いを造りたい、取得したいと思っている方には、何時の時代にも参考に成ると思いますので、参考にその時が来た時には読み返してください。

今回は何故建築業界に興味を持ち出したかを、ご紹介します。

私の家は田舎で何処にでもあるようなサラリーマンの家庭の長男に生まれ、極普通に、いえ当時としてはむしろ恵まれていたのかも知れませんが、小さな家がありました。

後で調べて分かった事ですが、父の勤めていた会社が分譲した家を分割払いで買っていた訳です。

当時、私の友人は農家や、自営業者の息子が多く、大きな2階建ての家に住んでいて、自分の部屋を持っている人が多かったので、今思うとかなりの勘違いをしていたようですが?

まだ子供でしたからとお許しください。

しかし私が部屋を欲しがったのか?
周りの父の同僚が増築したのが切欠かは定かではありませんが、私と妹の部屋が増築される事になったのです。

この増築が私にとって大変な意味のある、大きく人生に関係してくるとは、私も当然ですが、両親も思っても見なかったでしょう!

次回は子供心に!です。

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2007.02.26 | Comments(0) | Trackback(0) | 日記

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